加速

[映画.comニュース]

松田周作監督の劇場版デビュー作無差別殺事件からの容疑者の10年後を描いた群青劇「CLOUD」の予告編が公開された。

作品は幼い少女が自宅を放火し両親をー。

 

ここまで読んで、携帯の画面をスリープさせた。

脈が上がり、微かに息が上がって来るのが自分でもわかった。

『これ以上見るべきじゃない』

 

朝11時ぴったりに更新される映画.comのニュースは事実をあまりにストレート伝えてきて見るに絶えなかった

そこには大学時代、面白い映画を作ろうと切磋琢磨した仲間の作品の劇場公開の予告動画があった。もう覚えるほど見ている。

劇場公開までには様々な苦労があり、その話は飲むたびに聞いていて。アドバイスも求められたりしてたっけ。

 

しばらく開いていないパソコンを見つめる

脚本は滞っていた。

本当は去年の秋には映画祭に自主映画を出展する予定だった。

脚本すら完成できないまま年を越してもうすぐ春になろうとしている。

 

脚本は、主人公のジジイが人を殺すために毎日公園で体を鍛えているところから始まる。だが人を殺したいと言う欲求の部分のバックボーンが浅く一通りできたのだが矛盾点がいくつかあり納得いかず再構を繰り返しているうちによく分からなくなってしまった。

周りの映画関係者に見てもらったりしたが、突破口が見つかっていない。

『そもそもテーマが間違っているのか?』全く違うシナリオで一から作ろうともしたがダメだ。

思考は固まってしまい、柔らかいアイディアが出てこない。ペンは進まない。

自分の生み出すもの全てに不安を感じる。理解されないのではないか。

 

 

こんなはずでは無かったのだ。

大学生の時に作った卒業制作の作品は学生映画祭で賞をとり、有名なレコード会社のショートムービーも作らせて貰った。

卒業後は功績もあり。巨匠と言われる映画監督も所属する有名制作会社で働いた。

学生の時とは全く違う世界だ。金も掛かってるし、自分の作りたい様には作らせてもらえない。

規定の範囲内である程度受け入れやすいものを作ることも学んだ。

過酷な労働環境の中、毎日を勉強だと思いながら働いた。少しずつだが貯金をして自分の映画を製作するための金を貯めた。

 

『金が貯まったら、自主映画を撮る。』

 

これだけをモチベーションに生きてきた、ある程度金も貯まりこの会社にいては一向に自主映画の製作が進まないことに気がついた。

大学時代の同期たちも着々と名をあげている。このままじゃタダのアシスタントで終わってしまう可能性もある。

だから、これまでの経験を生かして一度自分の作品を作る時間が欲しい。と言う理由で製作会社を退職した。

 

退職した。

退職してからもうすぐ2年が経とうとしている。

貯めていた金は脚本を書いてる間に生活費として消えていった。

生活が苦しく一度実家の宮崎にも帰ったが、この街ではやりたいことが見つからない。面白い奴もいない。

 

やっぱり俺は東京で映画を撮るしかない。と息を巻いて再び東京に戻ってきたが

俺が行ったり来たりしている間に

俺に羨望の目を向けていたやつらは俺が立てない打席に立っていた。

 

チャンスは平等に与えられるはず。今がタイミングではないだけだ。諦めないでいようと自分に言い聞かせるが。チャンスは平等ではないし、タイミングを待っているだけの時間はこの短い人生にない。

 

 

 ー仲間の成功を素直に喜べない。ー

 

 

彼の作品が素晴らしいことはわかっているし。努力を積み上げる天才で性格もいい。自分が彼より随分と劣っていて怠惰な人間の様に思えてくる。

 

アラームが鳴った。

 

バイトに行く時間だ。こんな生涯一最悪な気分の時でも時間には出勤をしないといけない。「何でだよ」と吐き捨てる。

アラームを止めるのと同時に画面を見るとtwitterに通知が届いてた。

 

卒業制作の作品をみた人がコメント付きでリツイートしてくれていた。

『作品すごく良かったです!良かったところを語り出すとあちこちからスパブロされそうだから控えるけどほんと良かった!!やっと見れた!嬉しい〜!』

 

もう7年も昔の作品なのに。

 

自分が単純な人間すぎて笑えてくるが、この一言があると無いとで俺の人生はきっと大きく変わる。

 

今ここに立っている

この打席が、誰かにとっての目指している打席なのかもしれない。

64億人中のひとりの夢かもしれない。と思うことでもう少しだけこの世界を生きてみたいと思った。

「俺バカなのかなあ・・・」薄々気づいてはいたが言葉にすると余計にバカさが増している様で面白い。

 

この状況でも諦めがつかないことを確信したら、もう後は進むしかないのだ。

 

あったこともない赤の他人の言うことをもう少し信じていたい。

 

そう思いバイト先へチャリを漕ぎ出す。

時間にちゃんと間に合う様に、加速させる。