4丁目で愛ましょう

「14日の朝10時に銀座三越のライオンのところで待ち合わせしましょう」

 

なにその指定場所。いちいち鼻につく。

『渋谷のハチ公前』とはいうが『銀座のライオン前』とは言わないのだ。

 

こーゆうところがこの会社の嫌いなところだ。

 

富裕層の御年配の方をターゲットとしている高級エス

一度の来店で10万なんて当たり前に払って帰るお客様達

そのうちそこで働くスタッフも何か勘違いし始めて

安月給なのに、やれヴィトンだエルメスだと、涼しい顔して使っているが、クレジットカードは毎月限度額ギリギリだ。

休憩時間ともなると、その場にいない人の悪口とそれを笑う声が聞こえてくる。

「私のことも言ってんだろうな。」と思いながら休憩終了のタイムカードを切る。

思ったことをストレートに口にしてしまう私はこの職場で浮いていた。

でもこの人たちの話に同調して思ってもないことを言わないといけないくらいなら一人飯の方が数倍らくだ。

 

「お疲れ様でございます。」と声をかけてくれたのは年下の先輩。石黒さんだ。

 

この会社のおかしいところはキリがないが、この『お疲れ様でございます』もそのひとつだ。

なんか丁寧にし過ぎようとしてるというか、勘違いしているのだ。

皇后陛下にかける言葉であるならまだしも、社員にすれ違うたびコレをいうのだ。

バックルームには意味のない『お疲れ様でございます』が飛び交っている。

 

そして侵食されていく私は最近『お疲れ様でございます』を会社のマニュアル通りの笑顔と笑声で言えるようになってきたのだ。

このままここにいたら私は数年後店長や主任、お局様の様になっていくんだろうなあと思うとゾッとする。

 

 

 

まあ、それが理由ではないが私は会社を辞めることにした。

 

 

 

そして今私は銀座三越のライオンの前にいる。

退職してから1週間がたっているが、退職にあたっての書類で書きもれがあったのでエリアマネージャーと待ち合わせをしているのだ。

 

気合いは十分だ。

久しぶりに会うマネージャーに、退職した私がイキイキして見えるように今朝は準備を入念に。

パステルイエローのニットワンピを選んだ。上半身はドルマンになっていてゆったりと女性らしさを演出できるし、下半身に関してはピタっとしていてウエストからお尻のラインがよくわかる。

 

5分前になるとマネージャーから連絡が入った。

銀座三越の4丁目の交差点角のドトールにいます。わかりますか?』

 

寒い中ライオン前で待っていたので「ドトールならドトールって最初に言っておいてよ。」と喉まで出かかったがぐっとこらえて、最高の笑顔でお別れを告げる自分を想像した。

スポーツもそうだがいいイメージを持つことは大事だ。

 

『かしこまりました。すぐに向かいます。』と返信。

 

いつもならソイラテを飲みたいところだが今日は違う。

 

ブレンドコーヒー片手にマネージャーを探した。

ゆらゆらと溢れ落ちそうなコーヒーをこぼさないようにソロリソロリと歩く。

 

「1階にはいないのか、、、」

 

階段を上がり2階へ。

窓際のカウンター席にマネージャーはいた。

 

マネージャーを見つけて少し焦ったのか

ギリギリ溢れないでいたコーヒーが一滴、筋を描いてカップをなぞった。

 

一度歩みを止めて、コーヒーと私が落ちつくのを待った。

 

まるで動揺していないように、爽やかに、エネルギッシュにいくのだ。

「よし。」

 

 

「お疲れ様でございます。今日はわざわざありがとうございます。」

あまり気持ちはこもってないが形だけでも言っておこう。

 

「いいえ、すぐにわかった?元気にしてたかしら?」

マネージャーはジッと私の目を見つめて心配そうな顔を作る。

 

このマネージャーという人は組織上一番信用してはならない人物なのだ。

人によって巧みに態度を変え、心配そうなふりをして本音を引き出し、自分の評価に繋がるよう人を動かすのだ。

この人のおかげで今回の退職はだいぶ拗れて難航した。

踏まなくてもいいステップをいくつか踏まされたのだ。

 

ただこの人は立ち回りが上手く、誰にも嫌われないようにポジションを守っている。

『私はあなたの味方よ、なんでも話してね』と見せかけてはいるが、10年以上勤めている従業員の顔と名前が一致しなかったりする。

こうゆうウワベだけの人は嫌いだ。

 

「ここが漏れてたから記入して欲しくて」

早々に書類の漏れを埋めていく。あまりにもあっさりと書類は完成してしまった。

1分くらいだ。あまりにもあっさり。

 

「・・・」

「私これから千葉に行かないといけなくて」

「千葉ですか、私も一度OJTでお世話になりました」

「そう?あ!そうだったわね、あそこは全然雰囲気違うでしょう」

「違いますねー」

「松田さんはこれから時間もあると思うから、ゆっくりコーヒー飲んで銀ブラとかしたらどう?」

銀ブラですかお天気もいいし、いいですね。」

「そうね、・・・そしたら私は行こうかしら・・・」

「・・・あ、お仕事頑張ってください」

「あ、松田さんも。また縁があったら、ね!よろしくね!」

 

「じゃあ。」

「はい。」

 

 

 

・・・『縁があったら』なんて便利な言葉なんだろう。

 

 

私はカフェに残り、マネージャーの後ろ姿を見送った。

振り返った時に会釈しようと思って待っていたが、マネージャーは一度も振り返らなかった。

 

颯爽とハイヒールを履きこなすしなやかなふくらはぎの筋肉を見せびらかし、綺麗に毛流れの揃った後れ毛の一本も許さない完璧な夜会巻きを作っている。

これがマネージャーなのだ。

 

マネージャーの後ろ姿には、過酷な人間関係の中でのし上がって形成された強さと生きるために必要な潔さがあった。

 

25歳から現職につき、過酷な労働環境と煩わしい人間関係の中で戦い続け。家庭を持ち、子供を育て、管理職に登りつめている。

40半ばには見えないボディラインはハイヒールがよく似合っている。

 

 

なんだか虚しくなった。

いろんなものにできない理由ばかり並べて負けた自分が悔しくなった。

 

そうこうしているうちに冷めてしまったコーヒーをすする。

 

銀ブラかあ・・・』

 

 

窓から三越のぶら下がり広告が見えた。

 

f:id:natume1512:20190214161514j:plain

4丁目で愛ましょう

『4丁目で愛ましょう』

 

 

いや。

できればもう、愛たくないです。